じゃらんじゃらん

じゃらんじゃらんとはマレー語でお散歩という意味。大好きなマレーシアやテニス、お仕事や大切な人達のこと、日常のどーでもいい話なんかをお散歩気分で書いてます。どなたでもお気軽にコメントしてください♪

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私はトラキチである

トラキチである父に、モノ心ついた時から仕込まれてきた。 

ハッピに帽子にメガホンと、フル装備でよく甲子園へ連れて行ってもらった。

今でも父は、TVで阪神の応援を欠かさない。

私もここ数年、年に一度と頻度は減ってしまったが、
甲子園へ足を運んでいる。



先日、帰京して福井へ戻るときのこと。 


駅のホームで、友人と一緒にぼけーっとサンダーバードを待っていた

サンダーバードが到着してからも、出発までまだ時間があったので、
ホームでそのまま喋っていた。


すると、掃除のおじちゃんがあわてて話しかけてきたのである。


「スペンサーや!スペンサーがおるっ!シーツもおるでっ!」


自分が乗るはずのサンダーバードの車両の中をよくよく見てみると、

なんとなんと、スペンサーとシーツが座っているでわないかっ!

しかも、私が大好きなウィリアムスまでぇ?っ!! 


一気にボルテージがあがる


どうやら福井に遠征にいく彼らと、幸運な事に電車が一緒になったようである。

しかもしかも、車両まで同じとは。


写真を撮ったら気を悪くするかも・・・、と最初こそもじもじしていたが、
思い切って座席までいき、一緒に写真を撮ってもらえないか尋ねてみることにした。 


たどたどしい英語で

「写真、一緒にとってくださいっ」

とお願いすると、ニッコリ笑顔で

「Sure!But you have to take top off.」

と言われた。 


舞い上がっていた私はなんのことやらさっぱり分からない。


恥を承知で、「top off ってなんのことでっか?」

と聞いてみた。 


なんのことはない。


カメラのフタがしまっているからちゃんと開けなさいよ、ってな意味だった

むきゃーん、恥ずかしい・・・・。


とにもかくにも。

友人も私も、無事お三方と写真を撮ることができ、握手までしてもらった。


ほえぇ?、幸せ・・・

阪神タイガース


福井までの道中、ストーカーばりにちらちらと彼らを覗き見していたのは言うまでもない。
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先日、研修員のズィラさんがあわてて私に質問してきた。


「ヨーコ!”Cincin”って日本語でどういう意味?!」


マレー語の”Cincin”は、日本語で「指輪」の意。

読んだまま発音する。


よくよく聞いてみると、このズィラさん。

アクセサリーショップでお買い物をしている時、
ショーウィンドーの中にとってもステキな指輪を見つけた。

それをどうしても手にとって見てみたかったズィラさんは、
覚えたての日本語を駆使して、


「Cincin、ミマス。」


と、男の店員さんに向かって繰り返し要求したらしい。


ぶったまげた店員さんは、


「えっ?!ち○ち○?」


と繰り返し確認した後、


「ノー、ノーッ!」  


と、顔を赤くしながらしきりに首を横に振っていた、との事。


ウソの様な、ホントの話である。



私から真実を伝えられたズィラさんは、
はずかしがるどころか、お腹をかかえて大爆笑していた。

たくましい限りである。



これと同様、日本人に向かって発してはいけない危険な(?)
マレー単語がいくつかある。

毎年、来日後の早い段階で、これらを研修員たちにブリーフィング
するのだが、今年はうっかり忘れてしまっていた。 



ちなみに、勉強するは「ぶらじゃー」
その他、XXや△△と発音が同じ単語も存在する。


以下は危険な単語ではないが、
使える(?)マレー語をちょこっと紹介。


ごはんは「なし」
さかなは「いかん」
おかしは「くえ」 
 

マレー語早口言葉
「かんびんびりびりちりびりでぃびり」 

   →日本語訳(ひつじが部屋で下痢をした) 


日本では使う機会が皆無といっていいくらいマイナーな言語だが、
まあ、知っておいても損はないかと思われる。
週末、テニスサークルの大切な友人である
いわ&トカの結婚パーティーに参加した。

一ヶ月ぶりの帰京だ。  

たった一ヶ月離れていただけなのに、2人やサークルのみんなに
会えるのがとても嬉しく、またどこか懐かしく感じた。 

「僕には帰れるところがあるんだ。こんなに嬉しいことはない。」

まさにア○ロの心境だ。


パーティーは、ほんとうに心あたたまるものだった。 

人の気持ちを何よりも大切にする、2人の人柄がにじみでている、
そんな素敵なパーティーだった。

船を降りてまで、参加してよかった。

心からそう思った。

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まずはリーダーの挨拶。
犬さんのお陰でいわ&トカ夫婦が出会い、
そして彼らにリーダーは支えられている。 

人と人との出会いを生み出し、幸せのきっかけ創りに貢献している。
リーダーのやってることって本当にすごい事だなあ、と改めて感じた。  


突撃インタビュー。
なぜか自分に回ってきた。
アドリブが利かない汎用性に乏しい私的には、
ゼッタイにありえない展開だった。
「むきゃーっ!」とパニックで頭が真っ白になってしまい、
思わず口からでたセリフがガン○ムだった・・・。

うー、まだまだ精進が足りないであります。

猛省。



お次はサークルの男性陣による出し物。
「HGと8人の愉快な小力ダンサーズ」

会場は沸きに沸いた。

やばい・・・。お、おもしろすぎ・・・。

今年のおもしろい事ランキングのダントツナンバー1だろう。 
練習の成果あってか完成度が非常に高い。
彼らの技量とゲイ達者な一面を見せてもらった。

司会を務めるHG役のみっちーは、HGよりもうんとHGっぽかった(笑)
小力パンツとへそだしTシャツを着て踊りまくる彼らが、
きらきらと輝いて見えた。 

そして、ちょっぴりうらやましかった。


聞くところによると、友人ジョジョンは準備や構成に
かなり尽力していたとの事。
彼の小力姿が見られなかった事が悔やまれる。

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そして2次会。

幹事さん達ががんばって、趣向を凝らした
とっても楽しい会を準備してくれていた。 

面白かったのが、いわきん解体福笑いゲーム。
なぜかPヨと米菌の顔写真ばっかり集まって、なんだか怖かった(笑)

司会のI先生は、キャンプの時同様、相変わらず冴えまくっていた。
一生懸命裏方を担当するハニーは、さらに愛しさアップである。 



今日、改めて感じたこと。


やっぱりサークルの人たちはみな、ステキな人たちだ、という事。 

トカちんがいう通り、おじいちゃんおばあちゃんになっても
みんなでテニスしたり遊んだりできればなあと心から思う。

もちろん、これからの長い人生、遠くへいかなくちゃいけない
事もでてくるかもしれない。
なかなか会えなくなる人だってでてくるだろう。

でも、この2人は、きっと何歳になってもいつどこで会っても、
きっと同じ笑顔で私たちの心をあったかくしてくれるのだろう。

こんな素敵な2人に出会え、
そして彼らの結婚を祝福する事ができた事を、嬉しく思う。


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金沢で、百万石祭りと呼ばれる盛大なお祭りに参加する機会に恵まれた。

この祭りは、藩祖前田利家公が天正11年に金沢城に入城し、
金沢の礎を築いた偉業を偲んで開催されているものだ。
今年で55回目になる。 


私達は「百万石行列」を観覧し、「踊り流し」という行事に参加した。

「踊り流し」はでっかいヤンダさんのホストファミリーが、
踊りのボランティア団体を運営しており、そのつながりで団体メンバーとして、
踊りに参加させてもらえたのだ。

先週、そのホストファミリーのまさみさんが踊りを教えにきてくれた。
下の階の住民から「うるさい」との苦情がでるまで、みなで熱心に練習に打ち込んだ。

準備はばっちりだ。 


さて、祭りの当日。
まず、音楽パレードや、加賀とび行列、獅子舞、お松の方や利家公行列などが
金沢の町中を練り歩く、「百万石行列」をみんなで見に行った。

金沢城入城当時の豪華絢爛な衣装に身を包んだ行列に、
研修員たちはしきりにカメラのシャッターを押し続けていた。 

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gyoretsu



今年の前田利家公役は、俳優の高嶋政宏である。
ちなみに、昨年は赤井英和、その前は確か東幹久、前の前は加勢大周・・・
だったような気がする。興味がないのでよく覚えていない。 


行列のクライマックス。
さっそうと馬に跨る高嶋政宏扮する前田利家公の姿が見えるなり、
研修員たちは、

「マエダ?ッ!」「マエダ?ッ!」

と、手を振りながら黄色い声援を送る。 

妙なアクセントのマエダコールに反応したのか、
呼び捨てにされて癪に障ったのかは定かではないが、
高嶋さんは確かにこちらをみて、手を振り返してくれた。


今では研修員たちは、すっかり高嶋ファンだ。  

maeda



さて、夜の踊り流し。 

みな、ユニクロで調達した浴衣を着て挑む。
練習の甲斐あって、浴衣も自分達で着られるようになった。


この踊り流し。
出場者の登録者数は約4000人であるが、飛び入り参加もオッケーなので、
最終的には約1万人がつらなって町を踊り歩く。

みなばらばらに踊るのではなく、列をなして、指定された3曲の加賀の歌にあわせ、
全員で同じ踊りを踊るのだからまさに壮観である。

町が、市民が、ひとつになっている。

本気で鳥肌が立った。


外国人が浴衣を着て、自分達の土地の踊りを一緒に踊る。
観覧している金沢人や参加者の方々から研修員たちは大人気で、
あちらこちらから、

「がんばれ?っ!」

と温かい声援を頂いた。 

研修員たちもにっこり手を振って声援にこたえながら、
2時間という長丁場を踊りきった。 


翌日は全身筋肉痛になるくらいくたくただったが、
気持ちも体もなんだか清々しい、
ほんとうに気持ちの良い夜だった。


研修員たちのおかげで、
私にとっても一生忘れられない夜となった。
 
odorinagashi

ブログを書けなくなって10日、いや2週間になるだろうか。

この2週間、怒涛の日々を過ごしていた。


1週目は激務続きで、うち3日間の合計睡眠時間が6時間と
人生初の恐ろしい体験をした。

3日目ともなると、何をしていても地面がぐるぐる回っていた。
が、不思議と通訳のときだけは頭が冴えていた。

自分の限界と同時に、どこかに潜んでいた底力を垣間見た瞬間であった。

その翌日は幸い休みで、18時間、眠りに眠った。
これで4日間の平均睡眠時間が6時間になった。
ばっちりである。


と思っていたら・・・


翌週にそのツケがきっちり回ってきた。

もう若くないという証拠なのかもしれないが、
3日間熱を出して寝込んでしまった。 

5年間この仕事をしてきて、寝込んだのは初めてである。

といっても寝込んでいられるのは夜間のみであり、
日中はもちろん仕事が待っている。

点滴と抗生物質、栄養ドリンクにかなりお世話になった。


こんな生活、ゼッタイに1年中は続けられないし、続けたくもない。
期限付きだからこそ、これまでなんとかやっつけてこられたのだろう。

でも、どう考えても寿命を縮めてしまっている気がしてならない。
やりがいのある仕事とはいえ、やはり精神的負担も大きい。


今はまだ無理だが、もう少し「自分にやさしい生活」を送りたい、
と切望してしまう。

もちろん、もっと厳しい状況下でお仕事している人は沢山いる。
そんな人たちにとったらこれはただの甘えだ。

でも、まあ。

体調崩して若干弱気になっていたので、弱音くらいはいたってバチはあたらないだろう。



追伸:
みなさま、ほんとにご心配をお掛けしました
もうすっかり元気になったので、ご安心を

ブログも、無理のない程度にぼちぼち更新していくので、
気長にお付き合いくだされ?。 
 
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